入学式の朝。
まだ少し肌寒い田舎の小学校の校門の前に、赤いランドセルがひとつ、ちょこんと立っていた。
――正確に言うと、立っているのは一年生の男の子、ゆうとである。
ただし、遠目には完全に「ランドセルが歩いている」ように見えた。
「だいじょうぶ?」
お母さんが声をかける。
「……だいじょうぶ」
そう答えたものの、ゆうとの手は、ぎゅうっとお母さんの上着をつかんだままだ。
初めての登校。初めての教室。初めての先生。
昨日の夜、「たのしみ!」と言ってはいたけれど、今朝になってその“たのしみ”は、少しだけドキドキに変身していた。
校舎の前では、先生たちが並んで新一年生を迎えている。
その中に、ひときわそわそわしている先生がいた。
スーツは少しだけ大きくて、ネクタイは、たぶん今朝鏡の前で何度も結び直した跡がある。
初任の、若い男性担任の先生だ。
(声、ちゃんと出るかな……)
(名字、間違えたらどうしよう……)
(ていうか、ランドセル、思ったより大きいな……)
そんなことを考えていると、目の前の“ランドセル”がぴたりと止まった。
「……あの」
ゆうとが、勇気をふりしぼった声で言った。
「せんせいは……おとこのせんせいですか?」
一瞬、先生の頭が真っ白になる。
そして、次の瞬間、思わず笑ってしまった。
「うん、そうだよ。はじめまして。1年1組の先生です」
そう言ってしゃがみこむと、目線がゆうとと同じ高さになる。
「ランドセル、重たいよね。先生もさ、今日はこのネクタイが重たいんだ」
その一言で、ゆうとの肩が少しだけ下がった。
「せんせいも、はじめて?」
「うん。先生も、今日が“いちねんせい”みたいなもんだ」
ゆうとは、ちょっと考えてから言った。
「じゃあ、いっしょだね」
その言葉に、先生の胸の奥がじんわりあたたかくなる。
教室へ向かう途中、校庭の端に咲いている花や、昨夜の雨でできた水たまりに、ゆうとの目が止まる。
先生はその様子を見て、
(ああ、学校って、まずは“歩くこと”から始まるんだな)
と思った。
――子どもも、先生も、そして見送るお父さんお母さんも。
この日、みんながちょっとずつ一年生。
ランドセルは、まだ少し大きいけれど。
不安も、まだ少しあるけれど。
それでも、この学校の一日は、ちゃんと笑顔から始まっていた。
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